軒居間亭主一問一答
社長にインタビューをしてみました。
INDEX
- 社名について
- 会社の理念について
- 仕事の内容について
- 社長の履歴など
- 社長の価値観について
- 社長の理想とその実現について
- 業務内容について
- 社長のスキルについて
- 取引先について
- スタッフについて
- 社長の生い立ちについて
前の社名がたしか「ととろっくう」だと思いますが、どうしてそれを「ノキーマテック」に変えたのでしょうか?
以前は、トトろっくぅという名称でした。私は、身体が大きいところからトトロというニックネームが付けられていました。また、オーナー(奥さん)は、昔からクーと呼ばれていました。人生の曲がり角に際し、夫婦二人でがんばっていこうというところで、トトろっくぅとしました。
4年間ガンバったのですが、結構たいへんで、姓名判断をしたところ、屋号としてはあまりよくない名前でした。実は私は姓名判断を行うのですが、あまり自分のことには使いたくないと常に考えていましたが、そんな悠長なことを言っていられないくらい追い込まれまして、付けた名前がノキーマ・テックです。単純に付けた名前だったのですが、画数が大変よかったからです。
その際、「ノキーマテック」という社名に込めたさまざまな思いを聞かせてください。
ノキーマ・テック(英語表記ではnokiima-tec)のノキーマとは、軒と居間に分けることができます。軒と居間つまり、家族に接するのと同じようにPCサポートができればという思い(こじつけ?(*^_^*))で再出発をしました。
私の夢は恒久平和です(急に大それた夢を語り出しましたが………)。今まで人生の学びの中で知り得たことで、恒久平和を実現させたいという夢を見つけました。そのためにはどうすればいいか、と考えたとき、まず地に足をつけた行動から始めるということをある人から諭されました。私はサラリーマン時代、究極のイエスマンに徹しました。
でも、その中での自分自身のあり方、存在意義、夢など、多くの犠牲が生じることを知りました。ですので、サラリーマンには私は戻るつもりはありませんでした。でも、生活していかなければならない……、そんなとき始めたのが今のPCサポートです。
基本は金持ちになるなどちっぽけな夢ではなく、古の聖者たちが実現しようとしていたことを夢にし、向かっていく中の一つがノキーマ・テックなのです。
ノキーマ・テックとなってから、具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか?また、姓名判断でノキーマ・テックと名称を変えたとのことですが、運勢的に状況の変化がありましたでしょうか?
基本的には、PCサポートのままです。ただ、トトろっくぅは個人サポート、ノキーマ・テックは法人サポートという具合に分けるようにしました。
運勢的には、現時点では何とも言えませんが、とりあえず売上も成長を遂げているので、改名は正解だったのでは(^_^;)。
「地に足をつけた行動」とは具体的にはどんなことをされたのでしょうか? サラリーマンとありますが、何かお勤めをされたのでしょうか?
私は家庭を持っています。かっこつけた言い方をすると、家、家族のことは後回し、人のため、世の中のためを常々考えておりました。
ある人と知り合い、その方からのアドバイスが『地に足をつけた行動』だったのです。つまり、簡単に言うと家族に飯の心配をさせないようにまず働き、生活をするということです。なかなかそこまでは難しいですが、とりあえずツテもなく今日まで商売できたということは自画自賛ではありますが、できているのではと思います。
この商売を始める前は、プラント配管設計を行ったり、団体職員をやっておりました。特に、団体職員の頃は身を粉にして働いていたと思います。
普通は生活が第一で、世のため人の為は二の次三の次だと思うのですが、「世界平和」「世の為人の為」といった価値観をかつて持っていたというのは、ある意味珍しいと思いますが、どうしてなのでしょうか?
私は今までに何度も死ぬ目に遭いました。
そのときに、私が教えられたことの一つに「一度死ぬところを助かったなら、そこからは自分の命ではない。世のため人のためのものである」というものがあります。決して、自分の為に使えない、使うと命がつきると思い込んでいました。普段行っていることは何も変わりないのですが、そのことにとらわれていました。その為なら女房・子供が泣いても、飢えてもしょうがないと思っていたおり、人間の基本であるまず自分自身が家族を泣かすことなく・飢えることなく働かないといけないといわれたとき、自分自身が何もみていなかったことを痛感させられたのです。
最近読んだ本に、聖者ではいけない、と神のお告げがあった人の話を読みました。人間に与えられた使命は、妻・子を養う。子を育てることこそ、たいへんな修行であることがかかれてありました。そのとおりだと思います。
そのあたりが、団体職員を辞めての5年間にいろいろなことにぶち当たってつかんだことだと思います。
世界人類から家族まで、領域に差こそあれ、恒久平和というものは万民にとっての理想であり希望であると思うのですが、漠然としたものでもあります。理想実現のため、社長としてはどのような活動をしていきたいをお考えでしょうか?
まず、食の確保です。食の確保といっても、何でもいいから自給率を上げるというのではなく、安全な食料、つまり、無農薬野菜、(食品添加物)無添加の食品など、子供達にも安心して食べさせることのできる食品があふれるような状況にしたいと考えています。
そのために、自然農法の啓蒙も必要でしょう。また、流通経路の確保等、考えて行かねばならないことだらけです。実際、無農薬野菜が流通していますが、無農薬野菜一つとっても、いろいろの農法が存在し、お互いにいがみ合っているのが現実です。たとえば、無農薬野菜シンポジウムなどやろうものなら、言い出しっぺが血まみれにもなるような状況です。
そのあたりの調節も必要ですよね。
個人のPCサポートというのは、具体的にどんなことをされているのでしょうか。パソコンの設定とか、修理とかでしょうか? また、法人のサポートとはどういったことをなさっているのでしょうか。
個人サポートは、主にインストラクション、PCメンテナンス(PCトラブル、無線LANがつながらない、プリントアウトできない等の障害事項の解決)、その他諸々です。PCに関連したことを生業としています。
法人サポートは今ご説明したことの他に、サーバーメンテ、LAN工事(といっても、SOHOですが(^_^;))。大手商社が受注した全国規模の会社の支店のPC総入れ替えを称す展開作業、POSレジの入替作業等、PCだけとは限られないIT全般のサポートといったところでしょうか。ですので、個人と法人は規模が全然違い、それらのコンサルタントも行う場合があります。
社長が今のPCスキルを学ばれるにあたって、とくにどんな経験をされましたか?
以前、団体職員をやっていた頃に基礎ができました。入社当時「MS-DOS」のことを『エム・ドス』というレベルだったのですが(一説では話が大きくなり『ムスドス』という話になっておりますが…(^_^;))、ひょんなことでコンピュータ担当になってしまい、トラブルごとにメーカーに連絡し、サポートを受けていたことが今日に飯の種になっています。
ただ、個人事業主としての4年間、年間千台近くのPCに触れる機会が飛躍的にスキルアップにつながったと思います。また、昨年は北は札幌、南は博多と全国行脚をし、POSレジをさわり、プロレベルに達しているのではと自負しております。
法人相手の仕事に関して業務拡大していきたいという思いを持ってみえると聞きましたが、今までどんな取引先とお仕事されましたか?
昨年夏までは、大手家電量販店(最近1兆円達成したところ)のPCサポートをやっておりました。おかげさまで、年間1,400件くらいありました。
今のスタッフは何人いますか? これからどれだけ増やすつもりでしょうか? 求人に力を入れているようですが。
現在のスタッフ数は、14名くらいです。今後も増やしていくつもりです。
現在、ノキーマ・テックは法人の全国展開作業を行いますと手を挙げましたので、全国規模の作業が出てくることが予想されます。ただ、本当の意味で全国規模の仕事は受注できません。その中で、中部、関西、北陸、中国等の仕事の受注をしていくつもりでおります。
ですので、たくさんのスタッフが必要になるのです。
「今までに何度も死ぬ目に遭いました」とのことですが、実際にどのような目にあったんでしょうか? 病気とか事故とかですか?
まず、生まれたときに産声を上げなかったと聞いております。祖父母のエネルギー療法によって、蘇生したようです。
また、幼少には日本脳炎を患いました。小学校に上がる前には、土砂崩れに遭い、大勢なくなった中の生き残りです。今生きているのが、奇跡のような人生でした。
で また、一歩間違うと死んでいたかもしれないような自動車事故も起こしました。